歯科医院経営・歯科医師採用
勤務医の採用が難しい歯科医院では、求人広告を増やす前に、採用市場の構造と自院の受入体制を分けて考える必要があります。公的統計から確認できるのは、歯科診療所が小規模な事業所を中心に構成され、診療所で働く歯科医師の高齢化が進み、国家試験合格者だけで採用需要を満たせる状況ではないという点です。一方、「約70%の歯科診療所が勤務医を雇えていない」とする断定は、今回確認した最新の公表統計からは直接裏付けられません。本記事では、確認可能な数字に置き換えたうえで、採用継続、少人数経営、非常勤活用、連携強化、夫婦・パートナー経営という現実的な選択肢を整理します。
最新統計で見る歯科医院の勤務医採用
歯科診療所は66,378施設、1施設当たりの歯科医師は平均1.5人
厚生労働省の「令和6(2024)年医療施設(動態)調査・病院報告の概況」によると、2024年10月1日現在の歯科診療所は66,378施設です。前年より440施設減少しています。また、厚生労働省の歯科医療提供体制に関する資料では、2023年の1診療所当たり平均歯科医師数は1.5人で、近年はおおむね横ばいとされています。平均従事者総数は5.1人、平均歯科衛生士数は2.0人であり、歯科診療所には小規模事業所が多いことが確認できます。[1][3]
診療所で働く歯科医師88,703人のうち、勤務者は34,533人
「令和6(2024)年医師・歯科医師・薬剤師統計」では、診療所に従事する歯科医師は88,703人です。内訳は、診療所の開設者または法人の代表者が54,170人、診療所の勤務者が34,533人でした。勤務者は2022年の33,490人から1,043人増加しています。一方、診療所に従事する歯科医師全体は90,257人から88,703人へ減少しました。つまり、歯科医師採用をめぐる状況は「勤務医が一方的に減っている」と単純化できず、開設者の減少、年齢構成、地域分布、勤務条件などを分けて見る必要があります。[2]
| 確認項目 | 最新の確認値 | 経営上の読み方 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 歯科診療所数 | 66,378施設 | 採用側となり得る診療所の母数は大きい | 全施設が勤務医を募集しているわけではない |
| 診療所の歯科医師数 | 88,703人 | 多くの歯科医師が診療所で勤務している | 開設者と勤務者を区別する必要がある |
| 診療所の勤務者 | 34,533人 | 勤務医市場は存在し、2022年より人数は増加 | 地域、年齢、常勤・非常勤、診療分野は一様ではない |
| 平均歯科医師数 | 1施設当たり1.5人 | 小規模な診療体制が中心 | 平均値は施設別の分布を示さない |
| 診療所歯科医師の平均年齢 | 55.2歳 | 採用だけでなく承継・事業継続も重要 | 若手歯科医師の構成や地域差を別途確認する |
国家試験合格者がいても、採用難が解消しない理由
国家試験合格者数と、採用可能な歯科医師数は同じではない
第119回歯科医師国家試験の合格者は全体で1,757人、新卒者では1,482人でした。しかし、この人数を全国の歯科診療所が直ちに採用できるわけではありません。診療に従事しようとする新たな歯科医師には、原則として合計1年以上の歯科医師臨床研修が必修とされています。さらに、研修後の進路には大学病院、病院歯科、診療所、大学院、専門領域など複数の選択肢があります。国家試験合格者数を、そのまま一般歯科診療所の年間採用可能人数として扱うことはできません。[4][5]
採用難の本質は、人数だけでなく「条件のミスマッチ」にある
採用市場では、所在地、診療時間、給与、休日、教育機会、症例経験、専門性、院長との関係、将来の開業支援などが同時に比較されます。若手歯科医師が都市部や研修環境の整った施設に集まりやすい地域では、単に求人を公開するだけでは応募が生まれにくくなります。反対に、地域性が不利でも、教育内容、担当患者の引継ぎ、診療裁量、勤務日数、子育てとの両立などを具体化すれば、候補者との適合度を高められます。
「採用できない」と「採用しても定着しない」は別の問題
応募がない医院は、認知、求人媒体、条件設計、職場の魅力の伝え方に課題がある可能性があります。応募はあるが辞退される医院は、面接時の説明、給与・休日、院長の対応、見学時の印象を検証すべきです。入職後に退職が続く医院は、教育担当者、診療ルール、相談経路、評価制度、患者配当の設計が重要になります。採用費を増やす前に、どの段階で候補者が離脱しているかを数値で確認することが必要です。
勤務医採用を続ける前に、院長が確認する5つの項目
ORTC編集部の見解
採用が難しい医院ほど、求人媒体の追加よりも先に「入職後の1年間」を設計すべきです。候補者は給与だけでなく、自分がどのような歯科医師になれるかを見ています。教育、症例、働き方、評価、将来像が曖昧な医院は、条件面で競争しても定着で不利になります。
勤務医を常勤採用しない場合の5つの経営戦略
夫婦・パートナー経営のメリットとリスク
メリットは「人件費が不要」ではなく、意思決定と役割補完にある
夫婦・パートナー経営の価値は、配偶者を無償または低コストで働かせることではありません。同じ医院の将来に対して長期的な責任を持ちやすく、診療と管理、成人と小児、外来と訪問、臨床と採用・教育などを補完できる点にあります。休診日、勤務時間、設備投資、採用方針を合意できれば、小規模医院でも意思決定を速くできます。
歯科医師同士であっても、患者数が単純に2倍になるわけではない
歯科医師が2人になっても、ユニット、歯科衛生士・歯科助手、滅菌能力、受付、患者需要、診療時間が増えなければ、売上は比例して増えません。1日30人と20人を診療すれば50人になるという固定的な想定は、処置内容、診療時間、診療報酬、自費比率、キャンセル率、スタッフ数を無視しています。夫婦経営の収益性は、各人の診療能力ではなく、医院全体の供給能力と限界利益で評価します。
歯科医師と歯科衛生士の組み合わせでは、職種ごとの役割を明確にする
歯科医師と歯科衛生士が共同で医院を支える場合、歯科衛生士の専門性を生かした歯周治療、口腔衛生管理、患者教育、スタッフ育成は大きな強みになります。一方、診断や歯科医行為の責任は歯科医師にあります。夫婦関係を理由に職種の業務範囲を曖昧にせず、院内マニュアルと指示系統を整える必要があります。
夫婦関係と職場の対立が混ざるリスクを管理する
夫婦経営では、診療方針、スタッフ評価、設備投資、報酬、休暇、子育て、家計が相互に影響します。患者やスタッフの前で意見が対立すると、誰の指示に従うべきか分からなくなります。最終決裁者、担当領域、合議事項、緊急時の判断者を決め、業務上の議論を家庭へ無制限に持ち込まないルールが必要です。
医院併用住宅は、家賃だけで判断しない
医院併用住宅は、通勤時間や賃料負担を抑えられる可能性があります。しかし、用途地域、建築・改修費、動線、駐車場、バリアフリー、感染管理、増床余地、プライバシー、売却・承継のしやすさを含めて判断する必要があります。「自宅を医院にすれば必ず安い」とは限りません。
夫婦・パートナー経営を始める前の実務チェックリスト
- 医院の目的を、売上・所得・休日・地域医療・承継の観点で共有した
- 診療、採用、教育、経理、労務、広報の担当者を決めた
- 単独決裁、合議、専門家確認が必要な項目を分けた
- 報酬、役員給与、勤務時間、休暇の扱いを明文化した
- 患者・スタッフの前では指示系統を一本化した
- 週1回または月2回の経営会議を予定化した
- 一方が病気・出産・介護で離脱した場合の代替策を決めた
- 離婚、死亡、退職、承継などの重大事象も想定した
- 子どもが歯科医師になることを承継計画の前提にしていない
- 家計と医院資金を分け、資金繰りを月次で確認している
患者とスタッフへの説明例
診療分担を始める際の患者説明例
夫婦・パートナーが共同経営者であることをスタッフへ伝える例
よくある誤解
| 誤解 | 実務上の考え方 |
|---|---|
| 国家試験合格者が毎年いるため、求人を出せば採用できる | 臨床研修、地域差、希望診療分野、勤務条件があるため、合格者数と一般診療所の採用可能人数は一致しません。 |
| 約70%の歯科医院には勤務医がいない | 今回確認した最新の公表集計だけでは、その割合を直接確認できません。平均歯科医師数からの逆算は避けます。 |
| 夫婦で働けば人件費を削減できる | 配偶者にも適正な役割、報酬、休暇、社会保険、責任分担が必要です。無償労働を前提にすると、経営と家庭の双方にひずみが生じます。 |
| 歯科医師が2人なら売上も2倍になる | 患者需要、ユニット、診療補助、予約枠、材料・技工費が制約になります。利益は医院全体の供給能力で判断します。 |
| 子どもが歯科医師になれば承継問題は解決する | 進路は本人の意思によります。第三者承継、勤務医承継、事業縮小・譲渡も含めて準備します。 |
FAQ
Q.勤務医を採用できない主な理由は何ですか?
A.歯科医師数だけでなく、地域、給与、休日、診療時間、教育体制、症例経験、将来像とのミスマッチが主な要因です。応募がない、辞退される、定着しないのどこで問題が起きているかを分けて確認します。
Q.勤務医のいない歯科診療所は全国で何%ですか?
A.今回確認した最新の厚生労働省の集計資料では、勤務医を1人以上雇用する歯科診療所の割合を直接示す全国値は確認できませんでした。1施設当たり平均歯科医師数1.5人という数字から、勤務医不在の施設割合を推計することは適切ではありません。
Q.常勤歯科医師ではなく、非常勤から採用してもよいですか?
A.合理的な選択肢です。曜日、診療分野、患者数を限定して開始し、診療需要、教育負担、限界利益、患者継続性を確認してから勤務日数を増やす方法があります。
Q.夫婦で歯科医院を経営するとき、最初に決めるべきことは何ですか?
A.医院の目的、担当領域、最終決裁者、報酬、勤務時間、休暇、経営会議、重大事象への対応です。夫婦間の暗黙の了解を、スタッフが理解できる経営ルールへ変換する必要があります。
Q.採用を諦めて少人数経営へ移行する判断基準はありますか?
A.採用目的が明確で、条件と教育体制を改善しても応募・定着が見込めず、採用後の追加限界利益も十分でない場合は、少人数モデルへの再設計が合理的です。ただし、院長の健康、休診時の代替、承継、地域の診療需要を含めて判断します。
まとめ:採用人数ではなく、持続可能な診療体制を設計する
最新の公的統計では、2024年の歯科診療所は66,378施設、診療所に従事する歯科医師は88,703人、診療所の勤務者は34,533人です。2023年の1診療所当たり平均歯科医師数は1.5人で、歯科診療所が小規模な事業所を中心に構成されていることは確認できます。一方、「約70%が勤務医を雇えていない」という施設割合は、今回確認した資料からは断定できません。
院長が決めるべきことは、勤務医を採用できるかどうかだけではありません。常勤採用を続ける、非常勤から始める、歯科衛生士を中心に院内体制を再設計する、地域連携を強める、夫婦・パートナー経営へ移行するなど、複数の選択肢があります。重要なのは、売上規模や他院との比較ではなく、患者安全、適正な診療、院長とスタッフの持続可能性、医院の利益を同時に満たす体制を選ぶことです。
エビデンス・一次情報
制度情報・統計の最終確認日:2026年7月25日
- 厚生労働省「令和6(2024)年 医療施設(動態)調査・病院報告の概況」:歯科診療所数66,378施設を確認。
厚生労働省の資料を確認する - 厚生労働省「令和6(2024)年 医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」:届出歯科医師数、診療所従事者数、開設者・勤務者数、年齢構成を確認。
厚生労働省の資料を確認する - 厚生労働省「歯科医療提供体制・歯科医師の現状について」:1診療所当たり平均歯科医師数1.5人、平均歯科衛生士数2.0人を確認。
厚生労働省の資料を確認する - 厚生労働省「第119回歯科医師国家試験の合格発表について」:全体合格者1,757人、新卒合格者1,482人を確認。
厚生労働省の発表を確認する - 厚生労働省「歯科医師臨床研修制度の概要」:診療に従事しようとする歯科医師の研修期間が1年以上、原則合計1年であることを確認。
厚生労働省の制度概要を確認する

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